カーペンターズ 『I Need to Be in Love (青春の輝き) 』の歌詞解釈:不完全な世界に完全を求める心のドラマ

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※本記事は、筆者が先日Facebookに投稿したカーペンターズの歌詞解釈に関する考察を、ブログ用に再構成・加筆したものです。このブログは読書のブログですが、歌詞を一つの文学として取り上げました。

はじめに

カーペンターズの『I Need to Be in Love(青春の輝き)』は大変魅力的な歌である。しかし、最近偶然見た、2、3の日本語訳がどうもしっくりとこなかった。

この歌は、基本的に一度愛や恋に絶望して、希望を持たなくなっていた自分を反省し、もう一度、いわば愛や恋をそのまま肯定し求める自分に変わったという、人生のドラマを率直に歌った歌である。以下に、私の意訳を提示したい。

『I Need to Be in Love』のわたしの意訳

これまでは、このクレージーな世界のただなかで、本当の出会いなどないと諦めていた。

だから、もう意味のない約束など止めて、シンプルに生きて行こうと思っていた。

でも、そんな自由な生き方は、結局、誰かにさよならを言わせておしまいになるだけだった。

しばらく経ってから、分かったことがある。そんなフリーな生き方からは何も生まれてこないのだ。

このことを学ぶために、わたしが払った代償は本当に大きかった。

そう、わたしには、愛が必要なのだ。

これまで、ずいぶん無駄な時間を費やしてしまった。

今、わたしはこの不完全な世界に完全を求めている。

その上、愚かにも、それ(完全な愛)を見つけられると思っている。

今、私はポケットにいっぱいつまった善意をもっているけれど、

でも、そんな善意だけでは、今夜のわたしのさみしさを慰めてはくれない。

今午前4時に眠れずにいて、友達のひとりもそばにはいない。

それなのに、私は大丈夫だと、虚勢をはっている。

そうだ、やっぱり、私には愛が必要だ。

無駄に時間を使いすぎてしまった。

今、わたしはこの不完全な世界に完全を求めている。

その上、愚かにも、それ(完全な愛)を見つけられると思っている。

一度愛を諦めた人が、再びそれを見つめ直すドラマ

ここに意訳したように、ここには、一度愛や恋を諦めた人が、やっぱりそれじゃだめなのだ、と気づいていくドラマがあります。そこがわからないと、この歌の真の価値は見えてこないでしょう。

隠された「小さなドラマ」:善意と孤独のリアル

また、私の解釈では、いったん素真に愛を求める自分に変わった後で、よし善意いっぱいで生きて行こうと思ったのだが、それでも、まだ愛が見つからない今の状態では、やはり孤独で寂しい。その寂しさを、さらにもう一度噛みしめています。そして、やっぱり愛がないとダメなのだ、ということを、さらにそこで再確認しています。

つまり、ドラマは単純にシニカルな自分が、素直に愛を求める自分に変わったというだけではありません。そのように変わった後で、それでも直ちには愛が見つからないという今のリアルな孤独を再度見つめて、やっぱり愛がないとダメだということを、もう一度感情のうねりを通して確認しています。

ドラマの中に、さらなる小さなドラマが隠れているのです。それを読み取ることが重要です。